日次まとめ 2021年12月16日

一般

  • 水道管に作業員1人取り残される 水道管の工事中に浸水 2人が自力で脱出も…救助活動中 大阪府守口市(関西テレビ) – Yahoo!ニュース
  • 「余った生乳5000トンはバターにすれば廃棄せずに済むのに」乳業業界の回答とは?(井出留美) – 個人 – Yahoo!ニュース
  • 【独自】外国で緊急事態、外国人のみの輸送も可能に…自衛隊法改正へ : 政治 : ニュース : 読売新聞オンライン
    へぇ。そもそも日本は敗戦国だからやむを得ないってのはあったんでしょうけど、変な縛りがあったですね。
    有事の際の人命にかかる部分なら、特に直しを検討する動き自体はあって然るべきだと思います。
  • エア遊具が突風で宙に、子供4人が落下して死亡 豪タスマニア – BBCニュース
  • 1500円で本人確認代行 不正アカウント取得させた疑いで逮捕 | 毎日新聞
  • 3地裁の判決にコピペか同じ誤字 金沢・京都・福岡、生活保護訴訟 | 共同通信
    関連:“NHK受診料”同じ誤字…各地の裁判の判決文『コピペ』疑惑 生活保護引き下げ訴訟(MBSニュース) – Yahoo!ニュース


    うーん・・・。この手の場合は、効率の上でコピペ自体が悪いとは思えないのですが、文化の違いかなぁ。
    まぁ流用元のミスまで受け継がないように、単純に見直しはすべきですけどね。

    しかし、自分が昔いた会社でも若干名いたんですが、
    なぜかコピペに対して異様に嫌悪感を抱いている方がいるんです。

    主観的な理由だろうとは思うが、あれはなんなんだろうなぁ。

    著作権の権利者が別だったり、何かの試験結果だったり、
    そういう類だったらもちろんコピペについては原則として行うべきではなく、
    慎重に考える必要はありますけどね。

    そうやってケースごとにちゃんと考えて、
    より効率の良い方法をとっていかないと、現場が無駄に苦労するだけ、
    工数・コストにもつながります。

    だから誤字の指摘はともかく、説明する文章について
    コピペ行為を指摘するのはちょっと感情論によりすぎていて論理に欠けるなぁと。


    冒頭で文化の違いの可能性に触れたのは、自分がIT業界にいたからってのもあるけど、
    こうしたことにコピペが許容されなかったら、
    例えば「スニペット(snippet)」なんかは全面的に否定される行為になりかねないってのがよぎった。

    別にIT、プログラミングに限った話ではないですが、
    元が電子的な文章・テキストの扱いはもう少し一般層も含めて全体的に理解を深めるべきだと感じました。

    (すごくざっくり言ってしまえば、いわゆる「定型文・テンプレートの利用」という認識でいい。
    別の文章から直接コピーするか、あるいは別途ツール等で文章を管理して そこからコピーするか、
    ゼロから入力するか等の違いなどは出てきたって、それらは方法・手法の違いでしかなく、結果としてやることは同じ)

    関連:スニペット – Wikipedia


    上記を踏まえて、具体的に言いたいことを再度砕くと、
    例えばリンゴを説明するために、AさんとBさんとCさん、それぞれに
    「リンゴは、赤くて、丸い果物です」という文章を配布しなければならない、ってなったとき、
    わざわざその文章を毎回打ち直して作成するのか、って話です。
    どう考えても非効率極まりない、無駄な手法になってしまいます。

    今回のって、記事によれば「食費や光熱費を補助する生活扶助で支出されない品目」を
    説明するのに「NHK受信料」を「NHK受診料」と記載してしまっていて、
    「同じ誤字がある! コピペじゃないのか?!」って指摘しているんですよね。

    そして、それを結論ありきだ、とか、真似をして判決を書いているとか、
    そこに対して憤りを、とかに至るのはさすがに感情論に振り切っていて一方的すぎやしないですかね。
    それってもう、ただ判決に納得が出来なかったから故に、
    とにかく批判したい材料として取り上げた、という風にも見えてしまう・邪推してしまう。

    リンゴの例のように、解説している文章についてコピペの何が悪いんだって話です。
    結論ありきだとか思われないようにするために、わざわざ同じ説明文章を、ゼロから入力しなきゃいけないんです?
    自分だったらどう考えても定型文で処理して良い類としか思えず。

    だから誤字については見直し、修正すべきではあるけど、コピペして文章を作成する手法(書き方)については、
    記事にもあるように、

    最高裁は判決理由の書き方に関し「一般的な取り扱いを定めたものはない」としている。

    定めが無くても理解、納得はできます。

    いやはや、人の考え方、機微な部分はここまで受け取り方が異なるのかと、怖い話だと自分は受け取りました。
    分かってはいたけど、認識の違いや理解の有無などはやっぱり大きい乖離があるものなんですね。


    強いて言うと、ネットミームで昔 流行りましたが、
    とある国で、飼っていたネコが濡れたので電子レンジで乾かそうとレンチンしたら、
    ネコが死んでしまって、飼い主が電子レンジのメーカーに賠償を訴えて、結果的に巨額な賠償金を得た、という話があったりします。

    一般常識としてレンジでそんな行為はダメだとはわかっていても、
    電子レンジの説明書にやってはいけないこととして書かれていなかったから、
    メーカーが責任を負うべき、だとかという内容です。

    そういう「都市伝説」じみた理由も、所によっては意外と現実に通用してしまう場面・可能性ってのはありますから、
    リスクをとことん下げるのならば、
    今は定めが無かったとしても、「書き方として文章の流用(コピペ)は問題ないとする」という定めを作っておけば、
    余計な指摘やトラブルは無くせる・少なく出来るでしょう。


    面白いのは、経緯としてそういう理由で仮に定めを作ったとして、
    それからそこそこ長い時間が経過して、
    後から定めを見直そうとしたときに「なんでこんな定めがあるんだ?」と疑問が出たり、
    「こんな定め、いらないんじゃね?」っていう意見が出たりすることがありえるって部分ですかね。

    例えば、お店のお会計のときに、一定枚数以上の小銭での支払いを、店側は拒否れる、っていう法律があるのですが、
    これが定められてから時間が経ってますから、人によっては「なんで?」と疑問に思う典型でしょう。

    関連:硬貨は一度に20枚までしか使用できないの?(身近な消費者トラブルQ&A)_国民生活センター

    これは割と理由が単純で、例えば全て「1円玉」で支払った場合、
    支払う側が数千円とか数万円とかだったらどうなるか、って話です。

    一般的に小銭を大量に数える機械なんて常備しませんから、
    金額が合っているかどうかを人力で数える羽目になります。

    数千枚、数万枚の小銭を数えるとなったら、店側はかなりの時間を使わなければいけませんよね。

    それを利用すれば、特定の店に対して営業妨害が可能ということです。
    そうやって直接的な被害を出させたり、信用を落とすなどという工作につなげたりになってしまいますから、
    店側が拒否できる、という法につながった経緯が存在します。

    さすがに文章の書き方についてのコピペについてはそこまで大きな問題に発展する可能性は少ないとは思いますが、
    あった方が無難というレベルではあるので、
    今回みたいに実際問題として指摘されたケースが発生した以上、その説明対応のコストを下げたり、
    感情的になる方に対する布石のためにも、定めについて明記する余地は出てしまった、といった感じです。

    こういう事案を例にとっても考えることって意外と色々出てくるので、
    人間社会っては面倒な仕組みであると同時に、その多様性が面白く、調整もまた難しい。
    特に感情ってのは良くも悪くも捨てきれず、ルール(法など)が存在するものであっても、
    それ(感情)の加味は出てくるものなので、このピックアップした記事の件については、
    自分の中で考えるべき課題の多様性として、久しぶりに面白い、良い例になりました。

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