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命の尊厳だとか、精神論や思想の方面には全く触れずに、単に合理的な部分で言わせてもらうと、
この表題に含まれる内容は、言い分としては論理が通っていないですね。
そもそも固有の環境ではないものであれば、誰でもどこでも事件事故の類は起こります。
例えば交通事故で死傷者が出るようなケースは分かりやすいでしょう。
議員だろうが、学生だろうが、社会人だろうが、所属の問題ではないものです。
で、件の今回の事故について言えば、「私立高校」という固有の環境だから起きたと思います?
そもそも高校の場から出たところで起きていますからね。高校生じゃないまったく別の所属の方であっても、同様の条件・状況・環境が満たされていれば、起こった可能性がある類となります。
故に、「私立高校での死亡事故は時々起きる」という表現は、言い分として、論理的に通じるものではありません(「私立高校」かどうかという要素は関係ない)。
まぁ言い分の矛盾はともかくとして、この方が問題にしているのは、警察だけではなく、なぜ「文科省」が調査に乗りだすんだという話でしょう。
まず前提として、前例がなかろうが、仮に圧力があろうが無かろうが、
人間は汎用性な知能を持っており、他の生命体より学習能力が高い方なんですから、
「事故で死者を出すという事象を極力再発しないよう」にするためにも、明らかにする(調査する)ことは必要だということ自体は理解できるとは思います。
そのことについては「調査をしない理由」を出す方が困難な部類ですからね。
でもじゃあなぜ文科省が、という点については、事故が起きた環境が固有ではないが、
防止できたかもしれない間接的理由として、学校側の管理・運用が不適切だったことも考えられるってのがあるんじゃないかと思います。
例えば病気なんかで、根本的な原因を治すのではなく、対症療法として症状に対して治療し、悪化を抑えるような療法が存在していますが、
再発防止における間接的な対処というのは、まさにその対症療法に近いような概念に似た予防的手法の一種です。
交通事故なんかは、結局のところ人間が発生の原因になっているもので、それ自体の発生を抑える・防止するなんて絶対的に無理です。
例えば運転手の意識を失ったことが事故の原因だった場合、再発防止として、「運転手が意識を失わないこと」なんて言われても、そんなん制御できないんだから無理ですよね。
その場合、直接的には運転手の健康管理などを徹底すれば事故が起きる確率を抑えることは出来ますが、それも絶対ってのは無理です。
一方、被害を抑える、あるいは起こるかもしれない被害をそもそも防ぐことに対する一般的な危機管理として、
例えばなんかフラフラしている車を見かけたら巻き込まれるかもしれないから近づかないでおく、みたいなのが間接的な予防です。
そういった何らかの管理・運用の積み重ねで事故の類ってのは被害を抑える、あるいは予防につなげることは可能です(もちろん結果論の話もありますけどね)。
ただ当たり前ですが、「予防」ってのはその時点で事故やら事件が起こっているわけではないですから、警察が捜査することはありえないですよね。
その予防に直接関わるような人や、管理・運用する組織(家族とかの場合もあるが)が管轄するものです。
でも、現場レベルではなく、その組織の管理・運用内容の「適正」に疑義があったら、その組織に任せるわけには行かず、より上位(なければまた別の第三者的な)の組織が出張ってくるしかないでしょう。
学校であればそれこそ文科省とかです。
今回の事案に関して、あくまで第三者の自分が報道だけの情報で感じた限りでも、学校の管理・運用が適切だったのか、正直疑問は湧いていました。
被害を抑える方面はあくまで船の運航者側の対応がメインとなります。例えば事故が起きた後の被害を抑えるために、救命船を用意しておくだとか、救命衣(ライフジャケット)の準備・管理・運用を徹底するとかそういう類です。
その辺はさすがに学校側 云々の話ではないので、そこへの調査を文科省が率先してやるってのは管轄違いかなとは思います。
でも、起こった被害を抑える方面ではなく、そもそも被害の発生自体を防ぐための取り組みの方は、もろに学校側が関係してきます。
例えば契約相手が「違法な運航」をしていないのか調査しておく、だとか、安全対策をどれくらいしているのかチェックする、とか、他にも内容・方法は様々だとは思います。
今回の事案、結果論(事故があったから発覚できたこと)ではありますが、運航者側が問題のあった運用をしていたことが判明していますから、
学校が事前に選定相手の確認を徹底していれば・・・、そんな相手に任せなければ、選ばなければ、少なくとも生徒たちが事故に合うことを予防できたかもしれません。
果たして学校は予防のための管理・運用をどれくらいしていたのか、被害にあった関係者や被害にあわなくてもその組織に所属する者や関心があるものであれば気になるところではありますよね。
事故そのものの直接的な原因が学校にはなかったとしても、選んだ時点で運用には携わっているのですから、出来ることが何もなかった、なんてことは無いハズです。
故に、学校に対して文科省が調査に入ることそのものについては、やれるのならやった方が良い、と賛成すべき合理的な理由は、第三者の自分でさえも色々と考えつきます。
一方、調査がダメな理由については、前述通り探すほうが困難だよなぁ、と。情報なんて無いよりあった方が良いし、何かダメな合理的な理由があるのかと言われると、なかなか考えつかない。
なぜこの方が疑問を挟んでいるのか、邪推すると、合理的理由以外のところに何かあるんじゃないかと、その真意が気になるところです。
まぁ下記の通り、思想の違いからくる疑いや偏見の類が理由しているとは思いますけどね。
調査について、「文科省がわざわざ同志社まで出向いたのは、与党の圧力によるものだろう」と持論を展開。「与党は事故そのものではなく、辺野古での平和学習を問題視しているのだ」とつづった。
仮に実際に与党がそういう理由で動かしたとしても、表向きだろうが裏向きだろうが、清濁併せ呑むと言うべきか、
状況的に調査が必要だろう理由は前述通り、無関係の自分でも合理的理由を作ることはできるんだから、
わざわざ「私立高校での死亡事故は時々起きる」なんていう論理が通らない上に、倫理的に反感を生みやすい言い分では、
政治的にも現実的にもさすがに押し通すにはちょっとなぁ、と、モヤモヤを強く感じました。
